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1年後の後悔を、消してみよう。

本田有明

 「去年今年 貫く棒の如きもの」


 正月をむかえるたびに、私は上掲の句を思い出します。年ごとに新しいチャレンジを試みることも大切ですが、歳月を貫いて自分の核となるものを確認することも大切だと思うからです。

 句の作者は高浜虚子。この人は明治時代に雑誌『ホトトギス』の刊行を正岡子規から受け継いだ俳人として、学校の教科書にも紹介されている人です。それだけではなく、日本の文学史に残る大きな貢献をしました。夏目漱石に小説を書かせたことです。


 当時、教師稼業に嫌気がさし、神経症を患っていた漱石に、気分転換として『ホトトギス』に紙面を提供しました。漱石はストレス発散とばかりにユーモア小説『猫伝』を2週間で書き上げ、精神の危機を脱却しました。現存の『吾輩は猫である』の「一」にあたります。


 これが読者にうけたので、増築に増築を重ね、現在の長編になりました。さらに虚子は次作を依頼。漱石はまた猛スピードで『坊ちゃん』を執筆し、大好評を博します。

この2作によって、漱石は朝日新聞社のお抱え作家となり、今日に残る数々の名作を新聞紙上に発表しました。


 そんなことを思い出し、私は1月3日に『吾輩は猫である』の前半をざっと再読してみました。「吾輩は猫である。名前はまだない」。冒頭の一節は、文学史上最高クラスのコピーでしょう。『猫伝』を『吾輩は猫である』に改題した高浜虚子の慧眼も光ります。うつ状態にあった人が、よくこんなにとぼけた風合いの作品を短期間で書き上げたものだと感心しました。その馬力に、私もあやかりたいものだと思ったしだいです。



 NOLTYのカードの文言から


 今年もNOLTYという手帳を購入しました。毎年さしはさまれているカードの文言を楽しみにしています。


 今年のカードの見出しは、「1年後の後悔を、消してみよう」。手帳は書き込むものなのに、「消してみよう」とは、おもしろい発想です。以下、次のように続きます。

「やればよかった。行けばよかった。あなたが一番そう思うことは何だろう。今更と思うことでも、らしくないことでも、荒唐無稽なことでも、きっとそれが、一番やるべきこと」


 そうしたことは、ふつう手帳には書きません。書かないこと、ときどき頭をよぎるだけの夢想――。着手しないで後に悔いることとは、そういうことかもしれません。


 ふと、ヘミングウェイの『キリマンジャロの雪』の一節が脳裏に浮かびました。不慮の感染症により倒れた主人公が、死を目前にして悔いる言葉です。

「……おれの才能は、実際になしとげたことではなく、やればできるということにすぎなかった」

 そういえばこの本は、東京都知事を歴任した作家、石原慎太郎が世界文学の最高傑作のひとつにあげた小説です。明日にでも丁寧に読み直してみましょう。




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