厳しさの前に楽しさを教える。
数年来、将棋界に脚光が差しています。ひとえに藤井聡太という若者の出現によることは、指摘するまでもないでしょう。
学生服を着た中学生が、プロのデビュー戦で伝説の棋士、加藤一二三氏を破って以来29連勝を記録。その後も快進撃を続け、今では、近いうちに全タイトル八冠を制覇するのではないかと予想する人も少なくありません。
藤井さんが現れたことによって、有名になった棋士が2人います。デビュー戦の相手をして負けた後「彼には欠点が見当たりません」と賞賛の言葉を送り、「かわいいおじいちゃん」と親しまれことになった「ひふみん」こと加藤一二三氏と、藤井さんの師匠である杉本昌隆八段です。杉本さんには、藤井さんが勝利をおさめるたびに、マスコミ各社から取材の依頼が殺到しています。
あるテレビ局が「天才の育て方」について質問したとき、杉本さんはいくつかの見解を述べました。そのひとつに「厳しさの前に楽しさを教える」というものがあります。
三流レベルの“指導者”
杉本さんの話をきいて、自分の息子が小学生のころに所属していた野球クラブのことを思い出しました。小学生ですから、まだ非力なうえに基本が身についていません。その時期は、ルールや基本の動作をしっかり教えるのと同時に、競技の楽しさを伝えるのが指導者の役目です。
しかし、練習を見にいくと、監督やコーチの怒声が頻繁に飛び交っていました。
「何やってるんだ田中!」「やる気あるのか高橋!」「おまえ、もう帰れ!」
発奮を促しているつもりなのでしょうが、よく見ると監督のノックは下手で、コーチ陣のキャッチボールも子どものお手本とはいえないレベルでした。怒声や罵声は、指導の言葉というより、当人たちのストレス解消にしか聞こえませんでした。これはスポーツに限らず、三流レベルの指導者によく見られるふるまいです。
「やってみせ 言って聞かせてさせてみて 褒めてやらねば人は動かじ」とは、広く知られた山本五十六の言葉です。やってみせることができるか。褒めてやることができるかが、人に物事を教える立場にある者の試金石。とくに相手が子どもであれば、まず楽しさを上手に伝えることが、杉本師匠も指摘するとおり「初手」でしょう。
さらに上をめざすには、それなりの鍛錬や厳しさも必要になってきますが、それは一定のレベルに達してからの話です。
では一般に、褒めることと叱ることの比率は、どの程度がよいのか。
私がひとつの指針としているのは、こんな言葉です。
「可愛くば 五つ教えて三つ褒め 二つ叱って良き人にせよ」(二宮尊徳)
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